2018年7月8日日曜日

札幌遠友塾自主夜間中学代表の工藤慶一さんのインタビューを掲載しました。

まずは昨日までに豪雨にて西日本、南部の全体に甚大な被害を及ぼした災害に心よりお見舞い申し上げます。311以降毎年のように意識させられることですが、やはり日本の国が持つ自然の恵みと同時に、それが牙を剥きだしとする自然現象と共存せざるを得ない。この国ではそういう二面性を持つのだなと改めて考えざるを得ません。

さて、今回はさまざまな理由で、例えば戦後の混乱や子ども時代からの長期の病気療養、あるいは現代的にいえば外国からの労働で日本にやって来た人たちなど、基礎的な学びの機会を失ってきた人たちや、持てない人たち。基本的ないわゆる、古風にいえば、「読み書きそろばん」の機会を失ってきた人たちのために運営されている、「自主夜間中学」を1990年から運営してきた札幌遠友夜間中学の代表の工藤慶一さんのインタビューをお届けします。
内容はこちらです。

本年、この自主夜間中学のドキュメンタリーも地元の民間放送で放映されましたが、大変説得力のあるものでした。実際、生活者としてはこのような番組こそゴールデンタイムで放映してもらいたいと思ったものです。

自主夜間中学で基本的で基礎的な学びをする。それを求める実情がある人たちがいるということ。それは「より高い学力」「より高い向上心」、分かりやすく目に付きやすい向上する「力」を良きものとして流布していくいまの世間の中では、ともすると全く見過ごされやすいものだと思います。(例えば分かりやすい結果が出るスポーツの世界。オリンピックやワールドカップでの日本選手の活躍を褒め称える、あるいは彼らの努力の過程を英雄的に取り上げる状況がありますね)。

それ自体は何ら問題のないことですが、自分たちの社会の中にはさまざまな事情で基礎的な学びを得る機会を持てず、生活の中で想像を超えたさまざまな障がいに出会う機会もあるわけです。そこをフォローし、多くのボランティアとともに教え学び合い、人と人として触れあう。そこに強い問題意識を持ち、「この道」として選んだ工藤さんの生きる目的はここだ、との使命感を持った。なかなかいまの時代には持ち得ない切実な発見があったのだなと感じ、それは大変説得力のあるものでした。

同時に、その工藤さんは実に柔和な笑顔が絶やさず、非常に温和な語り口が印象的でした。しかし同時に、社会的に置き去りにされた人たちに対しての行政のありようなどに関しては強い憤りをお持ちのようで、その熱い気持ちも内側に秘めているのだろうなと。
そういう人としての魅力を、向き合っていて強く感じる「人」としての存在感を感じさせていただけるインタビュー体験でした。

2018年6月24日日曜日

札幌のホームレス支援ボランティア団体代表の山内太郎さんのインタビューをお届けします。

 また大変ロングなものですが、久しぶりに新しいインタビューを更新します。こちら。
今回は、本年1月末に行った、主に北海道大学の学生さん有志と、労働問題や福祉問題の研究をされている大学の先生が札幌での路上生活者の支援を行なっている『労働と福祉を考える会』略して『労福会』で代表を務める札幌国際大学准教授の山内太郎先生のお話をお届けします。

 私も素朴で率直な疑問というか、問題意識として、大変に寒く厳しいこの札幌の地で家を持たずに路上で冬を越すということ。それを可能にしてしまう個人というもののある種独特のパワーと、そのような人たちを不可視化してしまおうとする都会の匿名的な人間集団としてのわれわれというあいだの社会的関係を改めて考えてみたいと思いなおした次第です

 かといって、そのメカニズムの端の端、その一端でも知りたいと思ってボランティアをするほどの真剣さもない。そこに主に北海道大学の学生さんのまれな部類かもしれませんが、良い意味で好奇心に動かされ、ボランティアとしてホームレスの人たちと関わって行くその意識のありようは、山内先生のお話を聞いていて了解するところ多くありました。

 しかし、とはいえ。実態的にもホームレスで越冬する人も減っているとはいえ、家を失ったまま長期に渡る人たちと社会側にいる我々が再びフラットにコミュニケーション持ちはじめるきっかけ足りえる生活保護制度という大事なツール。その前に横たわる大きな二つの壁。まずは特に政治家などが中心にネットやマスメディアを通じてプロパガンダをする生活保護バッシング(濫救だ、生保が国家財政を圧迫している等のプロパガンダ)、そしてもうひとつの壁である生活保護の「保護捕捉性の原理」に基づく扶養照会(家族・親族を探して連絡し、扶養の可能性を求める法に基づく実務)が、脱路上の足かせになっているということ。このことにもっと敏感な感性を持ったほうが良いと強く思いました。それは失われている人間の基本的な尊厳性をまた新たに、二次的にいっそう傷つけることになるのだと考えざるを得ません。

 路上に出てしまう人は先生の話を聴く中でも思ったのですが、たしかに客観的にも、社会的に良くないことをしてしまったね、という事実のもとにそうなったかもしれないし、逆にそんなことでそこまで自分を追い詰めることになってしまうのだろうか、という例もあるかもしれない。それは乱暴にいえば、我々は自分の主観のある種の囚われびとだからなのかもしれない。だからわたしたちは「これで問題ないはずだ」という役割による相互承認がある中で確認をできているおかげでいわゆる自分の生活を成り立たしめているのかもしれない。そしてそれらの集積が過去を参照しながら未来へ向き合う社会の現在という現実を構成してるのかもしれない。これは私のあくまで個人的な仮説ですが。

 だから、主観というものに捉われるのが人間の現実のサガだし、捉われの記憶の大きさがときによってある種の人を社会の周縁へと自ら導かせてしまうのだ、という風にも認識していく。そういう可能性というものとして視る、というのも思考の可能性としてあっていいのではないかと思います。その要因に至るまで、我々は実は多くのみずからの安全を支える関係の網目に生きてこれた。しかしその網目は過去からのさまざまな経緯のありようで持ち得ないこともあり得るのだと認識すること。ですから、現象だけを見て、今後関係の網目を再構築するため努力をする人たちに、再び関係を切る言説を浴びせる権利を持つ者はどこにもいないと思うのです。たまたま能力に違いはあれど、所詮は同じ人間という生きものなのですから。

 事実の問題として、寒風にさらされて生きる文字通りのホームレスの人は減って来ているのかもしれません。でも、いま生じてきている新しい課題は、実は家があっても家の中に何らかの脆弱さや、ときにクライシスに近い状態で緊急相談が生じつつことがあると。これは「見える化」のものだったホームレスというものが、今度は逆に不可視化されつつあるものとして再浮上しているのかもしれない。山内先生がおっしゃるようにハウスがあっても内実はホームレスと呼んでいいんじゃないかという提議は重要ではないかと思い、今回のインタビューのメインタイトルに持ってくることにいたしました。

2018年3月7日水曜日

森元斎さんのインタビューをお届けします。




大変お待たせしました。
昨年10月29日にインタビューさせていただいた福岡で研究活動をされている森元斎さんのロングインタビューをお届けします。リンク先はこちら
昨年の下半期はアナキズムについて個人的に考える機会となったものですが、実際にお会いした森さんのお話は着実で、自分の生活の範囲に即しており、でも同時に見ている視界は大変に広く、まさに「深くて広い」人でした。いまの段階で森さんのようなかたにお会いできたのは私にとってもまさに僥倖と言うしかありません。
同時にまた、困っている人がいればいつでも受け入れていくという覚悟も抱く、実に侠気、という言葉は誤解を招きますが、そのようなものもお持ちの方ではないかと思いました。

これは確かな話かどうかかなりアバウトな記憶ですが、幸徳秋水が渡米していたとき、大地震に遭遇して、街の人々が協力しながら被災者救援のために自主活動した(商店の人も)。その風景を見て「これこそが相互扶助である!」と改めて気づいたと。

森さんのお話を振り返って聞き返すと、きちんとアナキズムを考える人はアナキズムが社会とどう現実的に折り合えるか、純粋に考える心清らかな人たちに思えてなりませんでした。本当の自由自律と、社会とかとに向き合う際の優しさとの折り合いはなかなか大変だと思うのですが、このインタビューにてアナキズムに対する多くの誤解が解かれれば嬉しいことだと思います。


2017年12月3日日曜日

栗原康さんインタビュー後編掲載しました。

大変お待たせしました。栗原康さんのインタビューの後編をお届けします。
こちら。
前編掲載から、一月半あまりも経ってしまい、待ち望んでいた読者の方々には申し訳ないことです。
もし可能であるならば、前編から通して後編まで読んでいただければうれしく思います。
いまも気鋭のアナキズム研究政治学者である栗原さんの、これは今はまだ全仕事の「前期の時代」だと思いますが、いちおう最初期の研究書『G8サミット体制とは何か』以外の単著作品全体を軸に、概観のできた数少ないインタビューになっていると思います。

このインタビューを機会に、例えば、「伊藤野枝伝」を読み、作者が気になっているんだけれども、ほかの作品も手に取るかどうか迷っている読者のかたがいらっしゃって、今回のやりとりを機会に、他の作品も手にとってみようと思う方がひとりでもおられたならば、聞き手としては望外な喜びです。
また、希望として、元からの栗原作品のファンの方はぜひこのインタビューを拡散していただければ心からうれしいです。

聞き手の素人ぶり、時折痛ましい「自白」(というのがふさわしい)が読み手にはザラザラしたやや不快な障りを感じてしまうかもしれませんが、それでも全体を通すとさまざまに現代社会に関する問題や、現代が手に入れたものと引き換えに失ってしまったものに思いをいたすきっかけに、そしてさまざまな想像力や想念(良い意味での)へのよすがになるのではないかと思います。

特に『死してなお踊れー一遍上人伝」に関する話は4月中旬ですから、すでに八ヶ月近く前に聞いた話ですが、当時としてはまだネットのインタビューなどでも掲載されていなかった内容で、そのぶん割と早期のものであったという点が小さな自負です。

その一遍上人伝に関する踊りについて。ライオット、ストライキの前駆的なものとして一般民衆にあったものとしての踊り。あるいは社会的有用性のために必要とされる「型」に対して「圧倒的に間違える」「自由」な身体の動き。この辺は実に深い意味を持つと思っていて、いま個人的に渡辺京二さんというかたの作品を私は傾斜して読んでいるのですが、おそらくこの後編インタビューの一遍上人の踊りとそれに付随した栗原さんの語りを説得力あらしめるものとして渡辺京二さんの著書を捉えているとも言える気がします。

このあたりは今とうてい簡単には連関や連想についてうまくは書けない部分ですので、ぜひ項を改めて、渡辺京二さんの作品、特に『近代の呪い』(平凡社新書)などから学んだと思えることを今回のインタビューともからめてお伝えできればと思います。

改めて栗原さんのインタビュー、前後編の全部を読み通すのは労力かと思いますが、現代が忘れ、次代に拾われてしかるべきことがらの内容が語られていると思っていますからおすすめしたいところです。実際にどこに引っかかるかは読み手によってさまざま違いがあると思います。ぼくも一番最初に話を伺ったときと、何度も編集や校正をする過程の中でいま考えるポイントは変化しています。

ロングインタビューが自分のサイトの要ですが、時間をかけて舐めるように言葉や字との対面を再開することによって、それこそ行為や言葉にはしずらい何かを少しずつ見つけているような気がしているところです。

2017年10月15日日曜日

栗原康さんのインタビュー前編を掲載しました。

昨日、横浜で行っている「新ひきこもりを考える会・読書会」にSkypeで参加しました。
取り上げたのが本日インタビューを掲載した栗原康さんの『村に火をつけ白痴になれー伊藤野枝伝』。

10名程度の集まりでしたので、話はかなり深堀りとなって、知的刺激が非常にあるものでした。ひきこもりについて考える会の読書会ですが、ひきこもりに引きつけての話になったのはおおむね3割程度ぐらいではなかったかな。ですから、伊藤野枝さんについて、栗原さんの文章・文体について(元気になる、スカッとするなどの評価が多い)、そしてアナキズムの現在性についてなど、この方面に大変詳しい方などもおり、私自身が得をしましたし、作者の考え方に傾斜した正当なノリの読書会も珍しく、これはこれでアリだろうし、枠組みに広がりが出ていていいなぁとしみじみ思ったのでした。個人的には。

アナキズムと人類学の研究者の現在的な再評価の関係があり、その方面では有名な、インタビューで栗原さんも紹介されていたデヴィット・グレーバーの名前が出たり、『実践日々のアナキズム』という本の著者で人類学者のジェームズ・スコットさんの本の解釈をしてくださる方もあり、ありがたいことでした。

確かにアナキズムの先駆的な大物であるクロポトキンのような人は進化論が席巻した時代に生物の一個体の強さよりも、社会的な相互共同をする生き物のほうが進化適応的であるとして、また、人間ももともとは血族→氏族の小集団的狩猟採取的生活で生きて、場所を接する他の氏族とは、争闘にならないさまざまな方法論を持っていたことを伝えていて、そういう原始的な相互扶助的な生活を、現代の人類学者が少数民族のフィールド・ワークを通じて発見する、ということでおそらくこの息詰まるような管理社会、管理国家が見失っているものをアナキズムの知見を通して再発見していくということがあるようです。

僕としてはやはり自分の「チキン・ハート」の中に眠っている「反権威」「反権力」の生理(それはある程度思春期の頃に出会った反体制的ロックの影響もありますが)と、ここ2000年代以降に感じ始めた、「国家とか、政府とかは本当に国民に奉仕してるのか?そうではないんじゃないか?」2012年以降は「実は国家やマスメディアは国民をいいように利用しようとしているだけなんじゃないか」という疑念がぬぐいがたく出てきたのです(乱暴なくくりですが)。
そのなかでいまアナキズムから物語る人が出てきたことに何とも言えない勇気をもらっているというところです。

まあ、なんか立派なことを書いてしまいましたが、栗原さんのスタンスはおそらく、「いいんです、いったん思ったことは言ってしまいましょう」という感じなんじゃないかと思ってまして。そういう意味においても勇気をもらえるわけです。
(インタビューはこちらから。)

さて、本や雑誌を通してみる栗原さんの文章は、文字通り「煽らせてもらいますぜ!」という感じで。煽りパワーはいま文筆の世界でも一、二じゃないでしょうか。ある部分で研究者の枠組みを超えていくようなところもあるので、直近のコラムなどは読んでいてハラハラするときさえありますが、実際にお会いしたご本人は大変腰の低い、気配りの人。(トークショーなどでは対話の相手の人の本の話が出ると、すぐ参加者に見えるように本を掲げたりされる人です)。栗原さんに関心のある人は承知されていることでしょうが。
でも、事前情報として栗原さんを知らない人は相当なギャップを感じるはず。おそらく相当コワイ人をイメージするんじゃないでしょうか。
そういう意味では今回のこのインタビューは栗原さんの紳士的なところが十全に出ているんじゃないのかな。

で、今回自分がとったアマチュア極みの写真を見ても「ハンサムだよな~」というのと、「全然優しいルックスだよなぁ」という。なんか保育士さんなぞされていたら、子どもにも絶対なつかれるだろうし、何より保護者のお母さんにモテモテになりそうだ(笑)。
でも、思想はアナキズム。思想無縁の保護者をイメージすると、そのギャップにけっこうぶっ飛ぶだろうなぁ、まあ、どうなんだろうね?とか空想してみたりして。

と、最後は雑談でした。どうも失礼しました。
大変多忙な栗原さんなので、インタビュー後半掲載までまだ時間は少々かかるかと思いますがご容赦ください。どうかお楽しみに。


2017年8月17日木曜日

発達心理学の浜田寿美男さんのインタビュー掲載しました。

発達心理学の碩学であり、犯罪心理学鑑定の権威としてもその業績が著しい浜田寿美男さんのインタビューを掲載しました。→こちらから。
浜田先生の現在のお仕事は主に発達心理学に基づく教育学的な立場からの啓蒙的な活動と、自白証言などの供述鑑定のお仕事が主なのではないかと推察しますが、このたびはあえて発達に関する理論的な部分でお話を伺いたいと思いました。お互いの話の上で参考にした本は90年代末に出版された、インタビューの中でも話に出てきた『私とは何か』という書籍です。

インタビューアーの未熟さのせいもあり、話は幾つかに広がっていきました。
ひとつはわれわれが「普通」「当たり前」と考えるこの外の世界、いわば「現実と呼ばれる世界」とでもいいましょうか。それが「当たり前」のことであると同時に、なぜ疑問を持たずに「当たり前にある」と思えるのか?という哲学的な問いです。これは多数派の人間が当たり前に思うことが困難な自閉症のかたがたとの対比で語られます。

もうひとつは老いについて。人間が形成されると同時に、その終わりの過程を我が家をケースとして話し合いました。といいますか、いろいろと情緒的に癒やしてくれるお話をしてくれました。

かつ、もうひとつは「ワロン的」な意味で大きなキモであるところの、人間という存在は「個別性」と「共同性」という両義的なものを持つ存在であることの話。人はひとりひとりの固有な存在であると同時に、その身体はどうしようもなく他者との間で表現されてしまうということ。その両義。かつまた、発達を考える上で今後の発達心理の重要なポイントになると思われる、人は生まれた当初は他の人々の能動の嵐を受動的に受け止めるということ。その受動性こそが自分という主体が立ち上がる大きなきっかけとなるのではないかという仮説。そこには、情緒、情動(そしてそれはのちのち他者への想像力というところまで発展するのではないか?)の発現への契機があるのではないかと。

自分でこう感想を書いていておそらくわかりにくく思われるであろうことは、きっと私自身がまだキチンと理解解釈ができてないゆえで、でも「能力や機能の獲得が発達である」という単線の発達観では今後はすまない、それには浜田先生や昨年インタビューをさせていただいた川田学先生などが研究されているワロンという発達心理学者の考えた視点が重要なのではないかと、素人の私も思うわけです。どうか、昨年11月に掲載した北大教育学研究院の川田学先生のインタビューと併せて読んでくださるとうれしく思います。
(参考:インタビュー/川田学さん-北海道大学大学院教育学研究院-個になりながら-内側に他者を育む/)
勘が良く、整理する才能のあるかたがたにはこのお二人のインタビューから多くのヒントは得られるのではないかと多少自負しています。

浜田先生へのインタビューのほぼ一週間後の4月26日に父親が永眠しました。東京に発つ前に二度ほどお見舞いに行ったときも「いつ行くのか」「帰りはどこの飛行場で発つのか」と父は繰り返して聞いていました。良い意味でうがってみれば、どこかで無事に私が本州に発てるよう、無意識のうちに頑張ってくれたのかもしれません。浜田先生との話の中で出た母は、父の初盆で帰ってきた兄がいるため、絶賛見当識低下中です。浜田先生などにお話を伺ったおかげで、見通しが立たずにパニクるようなことはありません。このような活動がいろいろな意味で自分を救ってくれているということを感じずにはおられません。
浜田先生、本当にありがとうございました。知的にも情緒的にも多くのものを与えてくれたインタビューでした。




2017年7月19日水曜日

「ひきこもり」経験の社会学を書かれた関水徹平さんへのインタビュー


 今回は昨年の深秋に「ひきこもり」経験の社会学というとても大部で野心的な本を出された社会学者、関水徹平さんのインタビューをお送りします。内容はこちら→
 関水さんは東京と横浜でおおむね毎月開催している「新ひきこもりについて考える会」と、その読書会の世話人をされておられます。僕は考える会の読書会にSkypeで参加しているのですが、関水さんのiPhoneを利用させてもらっておりますので、読書会のギリの日によくメールでやりとりをしています。最近は私のほうで簡単に読書会の活用本の感想なども添えるようになり、勝手に親近感を持っています。

 関水さんは大変心配りのしてくださるかたで、意見が濃密で沈黙の時間がほとんどない読書会においても、基本的には寡黙にされているかたなのですが、とはいえ、議論のゆくえも、本の読みも当然深いかたですので、その意味ですごく謙虚さと誠実さに私は「いいなあ」と思うわけです。繊細さとバランス感覚がすばらしい。

 本の内容は当事者へのインタビューあり、いままでの専門家の言説のふりかえりあり、行政の動きを総覧する部分あり、基本的に一番好きな分野であろうひきこもりを通じて考える哲学的な考察もありの、大変意欲的でいわばひきこもり歴史の総括がされている本とも言えるわけで、「とうとうここまできたんだなぁ」という思いはあります。

 この2月にいままでインタビューをさせていただいた横浜中心の4人の元ひきこもり活動家のかたがたに再度集まっていただき座談会を開かせてもらったのですが、世話人のひとりとして「考える会」の中心のひとりが関水さん。ですから、インタビューに協力いただいた活動家のみなさんたちは、ひきこもり関連本や論文のためにフィルドワークとしていろいろなインタビューに応えていますし、研究者の方々などにインスピレーションを与えてこられた人たち。関水さんもメンバーさんにインタビューをしてこの書籍にもその分析を反映して紹介されています。

 ですからひきこもり当事者の自己発信に関して、「ここまで来たなあ」という中に、やはり横浜、あるいは東京などの大都市圏で自身の体験を深く語れる人たち、という留保はつけなければならない面はあるかもしれません。あえていうなら、その限界がやはりあるのもまた、事実かもしれません。それをどう考えるかはまだ課題としてあるのでしょう(私自身がそんな批評家みたいなことを言っていてはいけない気がしますが)。

 話を戻せば、関水さんはとても優しい聞き上手なかた。少年のような瞳で「また自分のこと、喋りすぎ!」の自分の話も「へえ~!」と熱心に聞いてくださいまして、カウンセリングマインドのある人だなぁと思いました。

 僕はインタビューの中で話し合ったとおり、若者の社会保障政策の薄さに着眼している部分に一番重要性を見出したのですが、今回のインタビュー、タイトルが難しかった。
 ひきこもり経験渦中のその人の存在のありようというか、「実存」。そして経験をこじらせてしまう日本の社会保障政策。いわば「構築されている社会」とのその両方に目をこらした大変な力作だと思い、アンキャッチーなタイトルにしました。
 レビューとしては以下の書評が大変見事なので、この書評もご覧になって、ぜひこの本にチャレンジしてくれる人が増えてほしいと思います。

静岡大学教授・荻野達史が読む 『「ひきこもり」経験の社会学』関水徹平著 聞き届けられない絶望…

2017年6月5日月曜日

不登校新聞編集長、石井志昴さんインタビュー掲載しました。

さまざまありまして、本年に入って行ったインタビューの第一弾をお送りします。
まずは不登校新聞の編集長、石井志昴さんのお話です。こちらです→
本年二月中旬に行ったものですが、石井さんの印象は遠くから拝見する部分では明るくてオープンな性格の人、というものでした。

実際にその通りの部分が前面にありましたが、いざインタビューに臨まれるときにはきちんとしたインタビューを受けてくれる姿勢になってくださり、実はそれが最初意外な感じがありました。

ここでいったん振りかえれば、私自身もこの個人ホームページでのインタビューの活動は申し訳ないですが、衝動的に始めた部分もあり、そのうちに流れの中、またインタビューにお応えいただいたかたがたのお知り合いの伝手を探るなどして実際真剣に広がってきた経緯もあり、そろそろインタビューの編集のありようを少しブラッシュアップしていくべき局面だろうとも思い始めていたところです。

実際のところ、情報をお伝えすることメインの実用的なサイトにはあまりしたくないし、事実そのような能力がないというところもあり(と書くと、今までインタビューを受けてくださったかたがたに失礼になりますが)、あまり大きな編集はしていないのですが、そのような、「そろそろいい加減には出来ないな」という問題意識がある中、実際に「不登校新聞」という新聞の「編集長」をされている石井さんにお会いしてお話を伺うことは、意味あることであったといま改めて思います。
「不登校新聞」という、創設時において待っていたテーマの新聞と言うことで私自身購読は現在はしていないのですが、やはりどこか記憶の中でも愛着というか、親和性がすごくある新聞です。

前段が長くなりましたが、石井さんの不登校から社会的ひきこもりへの関心への推移のトピックや、若者問題が語られた頃から問題意識を持ち、そこにスポットを当ててこられたこと等々、やはりジャーナリズム精神豊かな側面ははっきり感じました。

明るくオープンなキャラクターゆえに、つい石井さんのすごさを見過ごしてしまい、私もつい石井さんの優しさに甘えて後半にはずいぶん軽口をたたいてしまい、「しまった。またもや・・・」と反省するばかりです。

唐突にこういう結論を持ち出すのは上記の文章と全然つながっていませんが、おそらく石井さんにとって不登校新聞の編集トップをするのはおそらく「天職」なのだろうと思います。あとは、こちらの新聞社周辺からいまの若者の思いを代弁できるある種の若いオピニオン・リーダーが出てくる可能性に期待したいですし、期待できるような直感がします。

相変わらずのロングインタビューですが、本当に読んで面白く、興味深い内容に仕上がっていると思います。ぜひ多くの人に触れていただきたいと思います。

2017年4月15日土曜日

久しぶりです。

お久しぶりです。
このインタビューサイトのブログ更新はお正月のあいさつ以来になってしまいました。
つまりはその後は久しく活動も休止かい?かと言えば、そういうわけではないのでして。けっこう忙しいのでした。
この1月、2月に不登校新聞社の石井編集長など既に4人のインタビューを終え、昨年11月末に行った貧困問題研究の研究者の先生の原稿もまだ掲載前、というのがいまの段階です。

そしてこの4月17日、18日に上京して、アナーキズム研究を行っている政治学者で今ノリにノッている栗原康さんに東京で、大阪では僕が思うにある意味独自の発達研究を行ってこられた浜田寿美男さんにお会いして、お二人にインタビューをお願いしています。

浜田さんは今年ぜひ何とかお会いしたいと思った夢の存在でして、叶えられる時期がこの春の段階であったというのは本当に有難く、幸運なことです。
また、アナーキズム研究の栗原さんは、いま、その弾けるような文体とイケメンぶりで人気急上昇中。私もすっかりこのかたの文章にほれ込んでしまい、本の書き手としては今年の出会いとして最大のもののひとつ(昨年は浜田さん)。
同時にお二人にお会いでき、お話をうかがえるのは運がよすぎて。基本的には、この二週間以上はお二人の本を読み解くことに首っ引きだったわけです。で、合間合間にツイッター、フェイスブック、YOUTUBEで遊んでしまうのだと。そんな感じで、既に終わっているインタビューの作成が遅れてしまっている状況です。申し訳ありません。

あとは、肉体的機能が衰えて老人病院と老人保健施設住まいを余儀なくされている父のコーディネートやお見舞い、認知機能が衰えてしまった母親の簡易な見守りなど、まあまあ。何かとせざるを得ないことがある日々です。

本格的にGW明けにはみなさまがたに少しずついい内容の原稿をお届けできるといまから自負してしちゃいます。

・栗原康さんーいまノリにノッている大正アナーキズム研究者。主な研究対象は大杉栄。パートナーの伊藤野枝さんの評伝が一部で相当な話題。また、エッセイ『はたらかないで、たらふく食べたい』はタイトルどおりのそのまま痛快率直本音のエッセイです。
第10回「わたくし、つまりNobody賞」受賞者でもあります。


大杉栄伝 永遠のアナキズム (夜光社) 

 
村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝 (岩波書店) 
 
 

死してなお踊れ 一遍上人伝 (河出書房新社) 


はたらかないで、たらふく食べたいー生の負債からの解放宣言 (タバブックス)


 
 
現代暴力論ーあばれる力を取り戻す (角川新書)
 
 
・浜田寿美男さんー発達心理学の先生ですが、乳幼児が生まれたときは無能力で、それから周りの環境より自力で自己の機能と周りの道具を利用しながら大人へ成長するという一般的な通念から離れた考え方を持っていらっしゃるかたと思います。人間は周りの環境を受動的に受け止めながら、<能動ー受動>のやりとりのなかで、「人間」としての共同性を育む・・・。だいたいそんな感じでしょうか。一般の発達議論にはなかなかない発想なので新鮮であると同時に難しいな、とも思う。それだけ僕(ら)の「発達観」のとらえが多様でないのでしょう。なぜなら、本の書きかたそのものは非常に読みやすいものだからです。浜田先生は発達研究以外にも精神鑑定の権威としても著名。ゆえに著書も大変多いのですが、以下の本を今回参考にしています。
 
 
 
「私」とは何かーことばと身体の出会い (講談社選書メチエ)
 
 

子ども学序説ー変わる子ども 変わらない子ども (岩波書店)



「私」というもののなりたち (ミネルヴァ書房)


 
子どもが巣立つということーこの時代の難しさの中で (ジャパンマシニスト社)
 
 
今回の取材も「人と社会を考える」このインタビューサイトの趣旨とピタリとはまる人選として巡りあえることと思います。「生」の伸びやかさについて痛快に言葉をつむぐ栗原さん,わたし(人間)を考えるうえでとてもスリリングな読書体験をさせてくれる浜田さん。
良き出会いになれるよう、準備しながら祈っています。












2017年1月2日月曜日

2017年 明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
本年も本インタビューサイトをよろしくお願い致します。

昨年は大晦日まで原稿を掲載することができてよかったです。
活動報告として昨年は、横浜で「新ひきこもりについて考える会」に出入りされている元ひきこもり当事者でいまはその経験をベースにして精力的に活動してる4人の活動家のかた、そして北海道大学大学院の3人の先生、(まだ校正前ですが)不登校の親の会の世話人の会のかた、全部で計8人のかたのお話を伺うことができました。3年目で15年、16年の各4名に比べて、倍の人たちから貴重なお話を伺えたのはとても幸いなことでしたし、自分にとってこの活動が貴重な軸となりつつあります。

本年はその勢いに乗り、可能なら10人くらいの人のインタビューを試めれば。それが目標というか夢です。
ただ、加齢に伴い、父親が老人病院に入院し、母親の認知力低下などもあり、親の不測の事態も充分考えられ、それが実際となった場合、しばらく活動の休止もあるかもしれません。

インタビューの内容に関しては「長すぎる」という評価はあるかと思います。お話を伺う人の数が増えるにつれ、掲載内容の方法、読者側の視点、考えなければならないところが増えてきていますが、同時に私のインタビューサイトの特徴として、細部の語りに(例えば)支援について、あるいは読み手がまだ聞いたことが無い意外なヒントも汲み取れるところがあるかと思っています。インタビューをお願いする立場として、お願いした語り手のかたの文脈を最大限大事にしたいということもあります。

いずれにしても、原稿の中にある「(神は)細部に宿る」という思いがある当方送り手側と、同時に、こちらも真剣に考えなければならない「受け手」の気持ち。これは両方を考えながら今しばらく葛藤は続くと思います。素人作業なのでまだ洗練に遠いラフな原稿が多いかと思いますが、「良かったと思うところ、失敗したなと思うところ」は実際から学んで緩やかに変化していきたいです。この辺は今後も勉強です。

今後もインタビューの継続に際し当サイトを(少数でしょうが)応援してくれる人は、豊かな人脈をお持ちのかたも多いと思います。邂逅する機会があればぜひ「こんな人がいるよ」とご紹介戴ければ幸いです。ご紹介戴いたかたについて勉強し、考え、新たな出会いに挑戦していければと思います。

また、インタビューサイトのツイッター専用アカウントを作りました。@euphoni58438661
インタビューに関する情報や所感の一部をつぶやいていくかもしれません。また、bot形式で随時流していくのもあるかな?使用の方法がまだ幾つも見えないところがありますから、こちらもゆっくり歩かせながら考えて行きます。よろしければフォローしてみてください。

それでは、本年もよろしくお願いします。

2016年12月31日土曜日

ヒューマン・スタジオ所長、丸山康彦さんのお話をお届けします。

本年もはや、大晦日を迎えました。
皆さま、どのような一年でしたでしょうか。

本日、今年最後のインタビューとして神奈川県の元当事者活動家の四人目、しんがりとして「ヒューマン・スタジオ」の丸山康彦さんの密度の濃いお話をお届けします。
新年の宵を、遅い時間まで楽しまれるかたも多いと思いますが、別の選択肢としてひとつ、デリケートで深い話をじっくり味わうのも一興ではないかなと。そのように考えるかたがたに、ぜひこの丸山さんの実践活動のお話を吟味していただければと。

この4月に東京で行われた「ひきこもりUXフェス」の翌日に伺った二度目のインタビューですが、冒頭に記したように、二度目のインタビューは丸山さんの支援に関する実践哲学と実際に活動を行っていくうえでの気づきの話にフォーカスをあてたものとなり、このたび久しぶりに読み返して、内容の貴重さぶりにうなりました。このようなお話を無料で伺えることは冥利につきます。

丸山さんの支援の姿勢は、ご本、「不登校・ひきこもりが終わるとき」を読んでも分かりますが、実に深い洞察に基づき、堅実な姿勢で貫かれた、着実で地に足がついたものです。私には「支援」というよりも、「配慮」という言葉こそが丸山さんの実践には適切な気がします。
そして、「配慮」の本質こそ、このインタビューでの語りにおける丸山さんのバランス感覚であり、上つかない姿勢と気づきにそれは尽きる気がします。ですので、私が思う最も良質な「配慮」とは、かなりの精神的なエネルギーを要するものだと思います。そのようなエネルギーの注ぎ方が出来るのかは、おそらくご自身の経験に基づくもので、その経験が誠実で静かな熱い思いを丸山さんの中に滾らせているものかもしれません。

すぐに浮つき、あせり、答えを求めたがる自分の態度も丸山さんとの対話でよく見えてきましたし、このインタビューから自分が学ぶことが多いと改めて思った次第です。丸山さん、本当にありがとうございました。

刺激的ではなくとも、何か新しいものを補給したいかたがた。ぜひ、年明けにこのインタビューを読んで戴ければ幸いです。それではみなさま、良いお年をお迎えください。

とまこまい生きづラジオ 出演しました。





 昨年の秋ですが、友人の藤井昌樹さんが活動されている「とまこまいフリースクール検討委員会」の「生きづラジオ」の第四回目に出演しました。お時間があるかたはゆるゆるとご覧いただければ幸いです。

2016年12月6日火曜日

思春期の問題を研究している加藤弘通さんのインタビューを掲載しました。

本日、この9月30日に行った、思春期の問題研究をされている、北海道大学大学院教育学研究院の加藤弘通准教授のお話を掲載しました。
今回も結構なロングインタビューですが、思春期といえば、のちの成人に移行する際におそらくアイデンティティの基盤をなすであろう時期。ぜひ多くの人にお読みいただきたく思います。

お話は加藤先生の思春期から学生時代の話、ひきこもりについて、教師の役割についての詳細な話、そして即効的な答えを求められる風潮について、果ては老齢期についてなど、話は大変多岐にわたりました。(最後の点は私がかなり引っ張ってしまったきらいがあります)。

それら多岐にわたる話の中でも、特に「荒れたクラス」を研究されてきた加藤先生にとり、教室が荒れるか荒れないかの差異の大きなひとつは面白い授業であるのかどうかに尽きる、教師の授業に対する熱意が役割の本流で、それによって生徒たちが学校の教室が関心の持てる場所になれるという趣旨の部分に語りの比重があると思いましたので、今回はあえて「教師の仕事は「授業」という本道で」というタイトルにしました。

とはいえ、加藤先生はひきこもりの青少年たちの支援に関わってきた経緯もありますので、ひきこもり問題の着眼も大きく、そこもぜひ読み込んで戴ければと思います。

実は加藤先生はけっこう僕が好きだったサブカルチャーにも親和性が高くて、けっこうマンガ、サブカル系の批評家についてなどなどの話でその日はかなりその話題で盛り上がったのです。流石にそこら辺はインタビューから省きましたが、私もインタビューアーとして、つい調子に乗ってその点は話し込んでしまったきらいがありますね。

そのように柔軟で、若者文化にも随分入れ込んできたかたですので、「話がわかる人だなぁ」という印象が非常にありました。
 最近は80年代の終わりから90年代のサブカルチャーの中心の人たちがすでに論壇の中心にいたり、そういう人たちの影響を受けた人たちが裾野広く社会で活躍していることを考えると、僕ももう少し青年時代に関心を持ったものに後ろ暗く思わずに、もっと「好き」を大事に考えておけばよかったなぁ、と今更ながら思います。70年代の「ロンドン・パンク」から始まり、80年代のサブカルはひと通り関心をもって通過したような気がするのですが、いつも自分にとってそれは「後ろ暗く」て、「社会からは糾弾されやすいもの」と勝手に思い込んでいた節があります。

いま、そういうものの洗礼を受けた人に出会える機会が訪れると、自分が思春期青年期に好きになったものを別に後ろ暗く思う必要は無かった、むしろそれらを追求することが何かを生み出す形になるかもしれなかったとも思います。(性格上のこともありますので、なんともいえませんが)。

ひきこもりや不登校、あるいは「学校がつまらないこと」が極まる、その他。若者時代にはいろいろ悩みがある時期ですが、そんな時代も「自分の好き」を否定せずに継続し、むしろ徹底的に追求すれば何か道が広がる、開ける可能性もあるかもしれません。(そのツールでどう自分を生かすかが考えどころでしょうけれど)。
おそらく加藤先生もそのようなことを暗に伝えたかったんじゃなかろうか、と思うのです。

あまりにも「あたり前」な結論の言葉かもしれませんが、やはりそういうものはあるような気がします。